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お仕事インタビューVol.1 【童話作家】
【童話作家 九十九耕一さん】

日本ジャーナリスト専門学校文芸創作専攻科卒業後、フリーライターとして各媒体で執筆。 1994年、「トゲなしサボテン」にて第11回アンデルセンのメルヘン大賞で入賞。
翌年の「第12回アンデルセンのメルヘン大賞」に『夜風の ウィンディア』で大賞を受賞。その後も、ポータルサイトSo-netの「StoryGate」など、様々な媒体で童話を執筆している。
また、2000年の「第31回JOMO童話賞」にても優秀賞を受賞するなど、各方面から高い評価を得ている。


○童話作家ってどういうお仕事ですか?
 雑誌やWEBなど、いろいろなメディアに寄稿したりします。
 オリジナルのお話を書くことはもちろんですが、昔話などを書き直したりする仕事もあるんですよ。そういう仕事は「リライト」と言います。そのままだと長いお話を短くしたり、短いお話をふくらまして長くしたりする仕事ですね。もとになるお話があるから楽な仕事と思う人もいるようですけど、苦労はオリジナルのお話を書くときと、ほとんどいっしょですね。
 絵本なども、手がけることがあります。私は絵は描けませんから、お話のほうだけですけど。書き上がったお話にイラストレーターの方が絵をつけることもありますし、逆に、絵が先にできていて、それにお話をつける場合もあります。
 他には「塾のテストの文章題に使うお話を考えてほしい」なんていう依頼もありました。

○童話を書き始めたのはいつごろですか?
 初めて童話らしきものを書いたのは、高校生のころだったと思います。そのころ「詩とメルヘン」という雑誌があって、原稿を公募していたので、送ったことがありました。採用されませんでしたけどね(笑)。
 今思えば、されなくて当たり前でした。そのころのぼくの童話に対するイメージは「クマさんとか、タヌキさんが出てくる、子ども向けのお話」という感じでした。実際にたくさんの童話を読めばわかることですが、そんなお話ばかりが童話じゃない。もっともっと広い世界なんです。それをまったくわかってなくて、自分勝手に狭い世界だと決めつけて書いていたんですね。そんなことでは、いい作品は書けなくて当然だと思います。

○いろいろな表現方法があると思いますが、なぜ童話だったのですか?
 最初は小説家になりたかった。でも、ちょっとした好奇心から、童話作家・立原えりかさんの通信講座を受けてみたんです。課題をこなしていくうちに、楽しんで書いている自分に気がついた。童話という表現方法が、すごく自分に合っていたんですね。
 通信講座の受講が終了して「これで童話からは卒業かな」なんて思いましたが、その後、立原さんから「私のカルチャースクールに来てみませんか?」と声をかけていただきました。これも受講してみると、ますます童話がおもしろくなった。
 童話賞に応募して賞をいただいたことも、きっかけのひとつだと思います。

○童話と普通の小説との違いを教えてください。
 明確な線引きはないと思います。ただ、ぼくは「子ども向けに書くのが童話」なのではなくて「子どもも楽しめるお話」が童話だと思っています。
 大人は、童話に教訓めいた要素を求めがちです。「子どもの教育のために」という思いが、教訓を求めてしまうのでしょう。
 だけど、子どもも読む、あるいは聞くお話に一番大事なのって、楽しむことじゃないのかな? 教訓を含んだお話はあってもいいけど、そればかりが童話じゃない。
 あんまり難しい言葉を使ったりとか、設定を複雑にしてしまうと、子どもが楽しみにくい。ぼくがお話を書くときに気をつけるのは、そのことだけです。

○どんな子どもでしたか?
 変わった子だったかな?(笑)
 例えば、小学4年生のときは、自分の畑を持ってました。友だちの親が畑借りているのを知り、うらやましく思ったんですよ。「うちも畑、借りようよー」って親にねだるのが、まあ普通の流れだと思います。でも、ぼくは、畑を貸している大家さんのところに、直接交渉に行ったんですよね。大家さんも驚いたと思いますよ(笑)。
 大家さんが提示した額は、年2500円。タダみたいなもんです。ぼくはお年玉のこととか考えて「2000円なら払える」って言いました(笑)。値切るつもりじゃなくて、真剣に考えて、自分の限界を伝えたつもり。そうしたら、大家さん、まけてくれたんですよ。ジャガイモとか、トウモロコシとか、キュウリとか、いろいろな野菜を作りました。

 ひとり遊びが好きな子どもでもありましたね。
 お気に入りの遊びは「ブラック・ジャックごっこ」。手塚治虫の『ブラック・ジャック』が好きでしたから。
 まず、粘土で人体を作るんです。心臓とか胃袋とかの内蔵も。で、心臓の裏とかに、プラスチックなどの異物を隠す。粘土でフタをして、お腹の形に整えたら、準備完了。手術の開始。「メス!」とか言いながらカッターで切って、ピンセットでプラスチックを取り出す。
 みんなやってると思ったら、誰もやってなかった(笑)。

 ひとり遊びは好きだったけど、本を読む子ではなかった。本を読むようになったのは中学生になってから。
 中学生になって通い始めた塾の先生が「1日1冊、本を読みなさい」と言ったんですね。まともに本を読んだことのないぼくは、冗談かと思った。もちろん冗談ではありませんでした。「ちゃんと読まなくてもいい。ページをめくるだけでもいい」って言うんです。半信半疑で文庫本を読んでみたら、意外と1日で1冊読めた。それですっかり自信がついちゃって、本を読むようになりました。
 ユニークな塾でね、魚のさばき方もここで覚えました(笑)

○中学生の頃は何に夢中でしたか?
 作家になろうと思っていたので小説を読んだり。主にSF小説でしたけど。『赤毛のアン』を読んで夢中になったのも、このころですね。
 それから、剣道を一所懸命やってましたね。

○その頃にやっていた事で、今の自分の仕事に役だっていると思えることはありますか?
 いたずらですね。ぼくのお話の基盤は、いたずら心だと思っていますので。
 いたずらって、漢字では「悪戯」って書くでしょ? だけど、レベルの高いいたずらは「楽戯」と書きたい。
 落とし穴掘ったりとかは、レベルの低いいたずら。仕掛けたほうは楽しいかもしれないけど、仕掛けられたほうは楽しくない。怒る人もいるだろうし、怪我だってするかもしれない。
 レベルの高いいたずらっていうのは、仕掛けた人、仕掛けられたひと、そしてそれを見ていた人までも楽しい気分にするもの。想像力を駆使しないと、レベルの高いいたずらはできない。
 お話を書くことと、とてもよく似ているんです。

○どんないたずらをしましたか?
 最初は低レベルのいたずらでしたよ、やっぱり。イスに画びょうを置いたりとか、昼寝している人の足と机をヒモで結んだりとか。給食のときに、牛乳飲んでる友だちを笑わすのは日課でしたし。
 弟に餃子を作ってあげたこともありました。ただし、餃子の中身はご飯。そうとは知らず、弟はいそいそとご飯をよそって、餃子をパクリ。
 人って、予想していた味とまったく違う味が口に広がると、固まるんですね。「?」という表情が出るのは、2秒くらい後(笑)。
 まあ、だんだんいたずらのレベルも上がってきて、借りた本に四つ葉のクローバーはさんで返したこともありました。そのとき好きだった女の子にね。あのときの笑顔は、今も心に残ってます。
――――ここでみんなの学校であったいたずらの話でしばし盛り上がりました―――――

○その頃の将来の夢は何でしたか?
 作家になること。小説を書きたいと思ってました。

○その夢のために努力していた事はありますか?
 やっぱり、お話を書きました。短いお話を書いて、友だちに読んでもらったりしてましたね。
 それから、高校生のときに、好きな作家の作品を全文書き取りしました。
 全文書き取りをすると、読んでいるだけでは気づかなかったことに気づく。例えば、「、」を打つ場所に大切な意味を感じたりとか、1行空けてあるところに自分なりの理由を発見したりとか。
 あとは、できるだけたくさん本を読むこと。ぼくは中学生になってから読書するようになったから、「作家になるには、読書量が足らないぞ」と思っていた。部活もやっていたけれど、1日1冊は読んでいた。カバンにはいつも、本が2、3冊は入っていた。
 授業中にも読んでいたのは、ちょっといけなかったと、今では反省してます(笑)。
 
○今の仕事についていなかったら何をしていたと思いますか? または何になりたいですか?
 実家が製麺工場なんですよ。ラーメンの麺を作ってるんです。しょっちゅう手伝っていたけれど、嫌いな仕事じゃなかった。だから、お話を書くということに出逢ってなければ、父親の跡を継いでいたでしょうね。実際、小学校の卒業文集には「将来の夢・跡継ぎ」って書いてますし。
 幼稚園のころは、博士になりたかった。当時のぼくにとって、博士って、発明家のことでした。ロボット造ったりしたかった。
 そうそう、小学校低学年のときは、マンガ家にもなりたかった。『マンガ入門』っていう本を買ってもらって、夢中で読んだな。原稿用紙の大きさがわからなくて、その本の作者に電話で問い合わせたこともありました。親切に教えてくれましたよ。そのときは気づかなかったけど、教えてくれた方、赤塚不二夫さんでした。

○どんな人が童話作家に向いていると思いますか?
 いたずら心のある人。つまりは、想像力のある人。
 いたずら心って、どんな人にもあると思う。それをさび付かせないでいられる人は、童話作家に向いていると思います。

○童話作家になるためには、どうしたら良いと思いますか?
 自分の考えたお話、自分の頭の中に広がる世界を、どうしたら他の人に伝えられるかを真剣に考えてください。
 自分だけが楽しみたいのなら、想像するだけでいい。でも、自分以外の人にも楽しんでもらうのが童話作家の基本。どう書いたら伝わるかを、真剣に考える必要があります。
 専門学校でこんなことを教わりました。

 自分の親友の恋人が、不幸にも亡くなった。そのときに親友に「この度はご愁傷様で……」と言って、自分の気持ちが伝わるはずがない。どんな言葉なら、親友に自分の気持ちを伝えられ、力になってあげられるだろう? そのことを真剣に考える時、人は作家になる。

○お話はどんな時に浮かびますか?
 書く行為と直接関係ないところで浮かぶことが多いですね。散歩してるときとか、友だちとおしゃべりしているときとか。
 何気ないところに、お話の種があるんです。
 ぼくの短編集『トゲなしサボテン』から例を挙げると、『猫は伝える』というお話は、ラジオを聞いていて思いついたお話です。可愛がっているノラ猫がある日首輪をつけてきたので、そこに手紙をつけてみたら、返事が来たという話を、パーソナリティーがしていたのがヒントになっています。
『片側の老人』は、実体験。引っ越しをした際、近所だったから荷物を載せた台車押して30往復くらいしたんです。その途中、ベンチに座ってるおじいさんに気づいたんです。このおじいさん、行きは座ってるのに、帰りは座ってない。不思議でした。もしかしたら、本当にこの世の人じゃなかったのかも! そんな体験が元になってます。
『ラーメン食べたい』は、ぼくの彼女が持っているぬいぐるみを主人公にして書きました。

○今はどんな事に興味がありますか?
 いろいろですね(笑)。いろんな方面にアンテナを張っておいたほうが、お話の種をみつけやすいですよ。
 料理を作ったりも興味があるし、鉱物にも興味がある。生き物にも興味をそそられるし、本や映画にも。

○未来の夢はありますか?
 新しいお話も書きたい。
 カフェをやりたいと思っています。本が読めて、豆本も置いてあるカフェ。
 
○そのために努力している事はありますか?
 今は創作活動もしながら、パン屋さんで修業しています。パン作りは、もしカフェをやることになったら、きっと役立つと思います。

○童話作家になってよかったなと思えることは?。
 ぼくのお話を読んで、泣いたり笑ったりしてくれる人がいたとき。それは、ぼくのお話が、その人の心に届いた証だから。

○逆に大変だなと思うこと
 ほとんどの作家がそうだと思いますけど、締め切りがあること。
 原稿って、間に合わせればいいだけのものじゃない。作者が、ある程度納得できる状態に仕上げなくちゃならない。そして、編集者にも認めてもらえる状態に仕上げなくちゃならない。読む人に失礼のない状態に仕上げなくちゃならない。
 あと、いい仕事ばかりじゃないってこともあります。勝手に原稿いじられたりしたこともありました。


○今中学生の人たちにメッセージがありましたら教えてください。
 レベルの高いいたずらをしましょう!
 いたずらは想像力です。想像力は、思いやりの元でもあります。つまりは、いたずらは、やがて世界を救うのです(笑)。
 でも、仕掛けた相手に喜んでもらえるいたずらが成功すると、本当に嬉しい。
 失敗すれば挫折感も味わいますが、人間挫折も必要です(笑)。
 もし、あなたがお話を書きたいと思っているなら、こんな方法はどうでしょう?
 自分も、相手も、見ている人も、思わず笑顔を浮かべてしまうようないたずらを考えましょう。どういうふうに思いついたのか、そのいたずらのためにどんな準備をしたか、自分がどう考えて動いたか、どんなことが困難だったか、結果はどうだったか……そうしたことを、できるだけ細かく記録していきましょう。
 その記録がすべて書き終わったとき、そこには、1本のお話が生まれているはずです。

インタビューby 中山佳香

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